ウイングトラベル特集
【潮流】心に寄り添う観光とは

「観光地や観光施設の磨き上げやサービスは欧州を、観光テクノロジーは米国をベンチマークとするべき」―。ある旅行業界の関係者からこのように聞いたことがある。
今年は大阪・関西万博が開催されていることもあり、世界各国・地域から観光分野のキーパーソンが数多く来日しており、世界の観光先進国が取り組む最新事情を耳にする機会に恵まれているところだ。
直近では、世界で最も多くの国際観光客を受け入れているフランスからナタリ・ドラトゥール観光担当大臣や「ルネサンスの都」として知られるイタリア・トスカーナ州議会のレオナルド・マッラス評議員らが来日し、自国・地域の観光戦略を紹介する記者会見やイベントが行われた。フランスのドラトゥール観光担当大臣からは、2030 年の目標として世界最大の国際観光客数の受け入れを維持しつつ、観光収入を増加させていく方針が示された。そして、それを実現するためのキーワードとして「持続可能性、包摂性、技術革新」の3点を挙げた。
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このうち包摂性というテーマに関しては、障害や経済的理由、家庭環境などにより、バカンスに行くことがができない人に対して、企業と連携してバウチャーを配布して、バカンスに出かけてもらうという施策を講じていることが語られた。あわせてドラトゥール大臣は「文化、遺産、歴史、職人の技、食へのこだわりなど、フランス人と日本人は多くの部分で共通の価値観がある」と述べた上で「フランス人にとって日本は憧れの国である」点を強調し、両国のさらなる観光交流の発展に期待感を示した。
イタリア・トスカーナ州のマッラス評議員は、芸術のみならず、歴史や自然など豊富な観光資源があり、まだまだ日本人に知られていない魅力が眠っていることをアピール。フィレンツェやピサだけでなく、州内各地にある魅力的な観光素材を積極的にアピールしていく考えを示した。 観光PRとあわせて、マッラス評議員はトスカーナ州の観光政策についても触れ、特にユニークな政策の1つとして「女性観光プロジェクト」と呼ばれる取り組みを実施していることを紹介した。 この女性観光プロジェクトとは、「真正性」「安全性」「受容と共感」「ウェルネス」「出会いと共有」「持続可能性とグッドプラクティス」という6つの約束を掲げ、観光を提案するというものだ。 特筆すべきは、単に女性の旅行客が関心を持つ観光素材を訴求するというものにとどまらず、トスカーナ州で観光産業に従事している女性の「おもてなしの力」に着目してところだ。 マッラス評議員は、世界中の女性旅行者とトスカーナ州に在住している女性との出会いを目的にしていることが、この政策の大きなポイントとなっていることを強調した。
これらの取り組みに共通しているのは、旅に出かける人。そして、旅行者を受け入れてサービスを提供しようとする人双方に対して「敬意」を持って接する姿勢であろう。
海外からの訪問客数が過去最速で2000万人を突破するなど、訪日インバウンドを取り巻く動きは引き続き活況を呈している。加えて、夏休みシーズンが到来。国内旅行者の動きも活発になり、各地の観光地も一層賑わいを見せているところだ。
その一方で、特定のエリアに観光客が集中し、市民生活に影響を及ぼしつつあること。そして、オンライン宿泊予約におけるトラブルなどがクローズアップされ、観光分野におけるさまざまな課題が表面化しつつある。
これらの問題は、旅行をする側、旅行者を受け入れる側双方が、互いに尊敬の念を持って接する環境が整えることで、ある程度回避することができるのではないかと考える。欧州の観光キーパーソンが話していたことはこのような部分において大きな示唆になるのではないだろうか。
コロナ禍を経て耳にする機会が増えた「持続可能な観光」という言葉の中身は奥深いものだ。観光施設の整備といったハード面だけでなく、旅行者・旅行従事者双方の心に寄り添った取り組みを一層進めて行くことが今後の日本の観光においても求められてくるだろう。(嶺井)