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2018.01.29

温泉旅館と地方創生

 新潟県にある大きな温泉旅館に宿泊した。旅館の専門紙が選定する「旅館100選」の上位にランクされるほどの有名旅館。温泉旅館はこうした大きな旅館から秘湯や名湯の宿、さらには、公共施設、健康ランドに至るまで、数多く宿泊してきた。
 ここ数年、国内地方を旅し、旅館・ホテルに宿泊すると、宿泊施設が変わってきたことを実感する。当然のことながら、訪日外国人旅行者の宿泊が増えて、その受入に対応するとともに、国内旅行者も維持する中で、旅館の経営も変革を迫られているようだ。
 観光庁は観光立国推進、地方創生に向けて、旅館・ホテルの経営改善のための人材育成事業を継続して予算化している。また、2018年度予算では、宿泊施設を中心とする地域の活性化促進事業として、泊食分離の推進、コンサルティング、旅館の認知度向上ための情報開示促進事業を新たに実施する。
 政府が進める観光立国推進は、訪日外国人旅行者を拡大することで、観光を基幹産業として成長させ、それによって地方創生を果たすことが目的だが、その地方の核となるのが旅館という位置付けだ。
 山形のある温泉旅館は、経営者の世代交代を機に、旅館を全面的に改装し、高額の高級旅館に生まれ変わった。それまでは、1泊2食平均1.5〜2万円の多人数宿泊の大型旅館だったが、少人数宿泊の「デザイナーズ旅館」に生まれ変わった。
 この旅館の再生には官民のプロフェショナルの人が関わり、今後の旅館経営改革のモデルケースとなるようだ。ただ、ここまで高額になると、ターゲットは国内・海外の富裕層となり、一般の人が宿泊することはなかなか難しい。建て替え前が親しみのあるユニークな旅館で、ファンも多かっただけに、この再生が成功するかどうかは注目される。
 今回宿泊した新潟の温泉旅館の女将さんは、「うちは大衆旅館だから」と語っていたが、その対人サービスは、従業員一人ひとりに行き届いていた。
 大きな旅館は多様な客層が集まる。高度成長期のような団体慰安旅行は減ったが、コンパニオン付きの宴会も断るわけにはいかない。一方で、家族・カップル・一人旅の個人旅行客が増える。訪日外国人旅行者にも対応しなくてはならない。単価の高い富裕層向けの施設も充実させなくてはならない。
 こうした多様なゲストを押し並べて満足させるために、いろいろな工夫が施されていた。食事時間や場所も、客層に応じてセグメントされていた。
 そして、この温泉旅館には富裕層向けの別館がある。エントランス、チェックインも別で、専任コンシェルジュもいて、食事、温泉、宿泊に至るまで、徹底的に分離されていた。別館の宿泊客が本館を利用することはあっても、その逆はない。
 外資系のホテルでは、マーケットセグメントが徹底化されているが、旅館でも同様な傾向にあると実感した。女将さんは「大衆旅館」というが、本館で量を確保し、別館で質を提供する。本館でも質は十分だが、最高の品質を求める富裕層には別館で応える。別館、別邸を持つ温泉旅館が増えている。
 大手旅行会社のようだが、事業規模を維持し、そのスケールメリットを活かすには、量と質の両面を追い求めていくことになるのだろう。だが、全ての大型旅館がそれをできるわけではなくて、前述の山形の旅館のように富裕層に特化したり、秘湯で売ったりするなど、温泉旅館も専門特化していくのかもしれない。
 大型温泉旅館は、温泉街の中心的存在。宿泊客は温泉街を観光して消費する。したがって、旅館の存続は街の存続に直結する。今回宿泊した温泉旅館は、旅館と街との送迎を無料で行っていた。旅館業は生産性向上、人材育成、IT戦略などが課題として指摘されているが、観光による地方創生の「核」である。(石原)