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2026.03.10

ウイングトラベル特集

【潮流】観光産業の未来と人財投資

 3月に入り、各地の学校では卒業式の季節を迎えている。友人や慣れ親しんだ学び舎に別れを告げ、それぞれが進学や就職という新たな一歩を踏み出していく。人生の節目に立ち、新しい「旅」が始まる季節である。
 「旅」を生業とする旅行・観光業界にとっても、3月は大きな節目の月だ。多くの企業が年度末を迎え、この1年の歩みを振り返るとともに、次の1年、その先の将来をどう描くかを考える時期でもある。とりわけ春闘は、賃金や待遇といった目先の課題だけでなく、これからの働き方や産業としての持続性、ツーリズム産業のあるべき姿までをめぐって、業界を担う経営側と現場で事業を支える労働者側が改めて向き合う機会である。
 労働者を代表し、経営陣との交渉にあたるサービス・ツーリズム産業労働組合連合会(サービス連合)の櫻田あすか会長は、今年の春闘に臨むにあたり、過去2年で一定の賃上げが実現したことを評価したうえで、「昨年から1段抜け出して、しっかり人財への投資を訴えていかなくてはならない。その意味合いを持たせるために『前衛的』というキーワードのもとで臨みたい」と語った。賃上げを単なる処遇改善にとどめず、産業の未来を支える人財への投資として位置づけようとする問題意識がにじむ。
 国内ではいま、「観光立国実現」の旗のもとで、新たな観光立国推進基本計画の策定が大詰めを迎えている。2030年に向け、日本が観光の分野でどのような国を目指すのか、その方向性が示されようとしている。一方、世界に目を向ければ、観光を通じた人の往来は今後も広がり、その流れを支えるツーリズム産業の重要性はさらに高まる。旅行・観光は、もはや単なる余暇や娯楽の領域ではない。交流を生み、地域経済を動かし、国の成長にもつながる産業として存在感を増している。
 日本でも近年、観光産業を基幹産業の一翼として位置づける議論は確実に広がってきた。ただ、その評価に見合うだけの労働環境や待遇が整っているかと問われれば、なお厳しいと言わざるを得ない。櫻田会長の言葉を借りれば、「他産業との格差是正という部分では、まだまだ道半ばで、基幹産業にふさわしい賃金に達しているとは言えない」のが実情だ。観光の成長は数字で示すことができる。だが、その持続性を支えるのは現場で働く人の力にほかならない。
 こうした課題意識を持っているのは、労働側だけではない。経営側もまた、現状をこのままでよいとは考えていないはずだ。JTBの山北栄二郎代表取締役社長は、本紙の新年号インタビューで「ヨーロッパで観光は重要な産業として位置付けられており、有能な人財も集まってくる。そういった流れが日本でも起きていくことが重要であり、世界のツーリズムにおけるインテリジェンスの部分を日本がしっかりと取り入れていくことが大事である」と語った。観光を基幹産業へと引き上げるには、需要を取り込むだけでは足りない。優秀な人財が集まり、定着し、誇りを持って働ける産業へ育てていくことが不可欠である。
 つまり、ツーリズム産業の地位向上という大きな方向性については、経営側と労働者側の目指す先は一致している。人手不足が続くなかで、賃上げや処遇改善は単なる防衛的対応ではない。産業の競争力を維持し、将来の成長を支えるための先行投資である。その意味で、このテーマは労使が対立一辺倒で向き合うものではなく、産業の土台をどう築き直すかという共通課題として議論されるべきものである。
 しかし現実には、働く人が生活基盤に十分な安心を持てているとは言い難い。観光の成長の恩恵が、業界で働く人々や地域の隅々まで行き渡っているかといえば、なお大きな課題が残る。
 ツーリズム産業が真に基幹産業となるために必要なのは、政策目標の数字を積み上げることだけではない。現場で働く人々が将来に希望を持ち、安心して力を尽くせる環境を整えることこそ、その前提である。待遇改善は個々の企業の人事課題にとどまらない。観光立国の持続性を左右する産業基盤そのものの問題である。春闘は単なる賃金交渉の場ではなく、観光の未来を支える土台をどう築くかを問う場でなければならない。労使が同じ方向を見据えているのであれば、なおさら胸襟を開き、実効性のある議論を深めるべきだ。今年の春闘が双方の「本気度」を問う場になることを期待したい。(嶺井)