【潮流】旅行振興を意識した的確な分析を
11月18日に日本政府観光局(JNTO)が発表した今年1~10月の訪日外客数は前年同月比17.7%増の3554万7200人となった。紅葉シーズンを迎え、海外からの旅行需要も堅調に推移している状況であり、仮に訪問者数が昨年並みに推移したとしても年間4000万人の突破は射程圏に入ってきたといえそうだ。
こうした前向きな数字が示された一方で、同日に行われた村田茂樹観光庁長官の会見では、高市早苗首相の台湾有事に関する国会答弁を受け、中国政府が中国国民に対して日本への渡航自粛を呼びかけた件に関する質問が集中する状況となった。
今年1~10月の中国からの訪日客数は820万3100人で、前年同月比40.7%増と大幅に伸びた。訪日重点市場として位置付ける国・地域の中では最多であり、シェアでも約23%を占めている。
こうした状況下で、中国政府が今回の発表を行ったが、村田長官は会見で「外交ルートでさまざまなやり取りをしている中で予断を持って述べることは差し控えたい」と慎重姿勢を示しつつ、「引き続き状況を注視するとともに、今後ヒアリング等も含めて把握に努めていく」と述べるにとどめた。
一部報道では、中国系エアラインが日本行き航空券の無料キャンセルに応じたとされる例が伝えられ、中国からの旅行客を多く受け入れてきた日本の宿泊施設でもキャンセルの動きが出ているという指摘もある。
こうした報道は、訪日インバウンドの年間4000万人達成に水を差すという結論に向けて誘導しようとするトーンが見え隠れするように見える。
しかし現段階で最も重要なのは、観光庁が示す「状況把握」を冷静に待ちながら、今回の事象が観光産業にどの程度の影響を与えるのかについて正確な分析を行うことではないだろうか。
そのような中で、特に注視すべき点として、以下の3点を強調しておきたい。
第1に、中国市場の「中身の変化」を的確に捉えることだ。
コロナ禍後、訪日旅行の主役は団体から個人(FIT)へ大きく移行した。現地旅行会社だけでなく、オンライン旅行会社(OTA)の予約動向、FITの滞在行動など、従来とは異なる視点で情報収集を進める必要がある。中国市場は規模が大きいだけでなく構造変化も激しいため、その実像を正確に把握しなければ過度な悲観や誤った判断を招きかねない。
第2に、日本人の海外旅行の現状を踏まえた分析をするという視点を求めたい。
今回の発信が中国政府によるものであるため「訪日」への影響に注目が集まりがちだが、わが国の旅行業界にとっては、日本人の海外旅行需要の回復が依然として重要課題となっている。
日本からの訪中旅行も含め、双方向の観光交流を活性化させるための取り組みは続いている。観光庁は村田長官の就任に合わせ、日本人の旅行振興を担う新部署を新設した。訪日一辺倒ではなく、訪日と訪中、日本発の旅行需要を総合的に整理したうえで、明確な方向性を示すことが重要だ。
第3に、今後想定される地政学リスクに対し、観光政策としてのスタンスを明確にしていく方向性を示してもらいたい。
今回の件に先立って発生した日本に大きな災害が起きるというSNSを端緒とした「7月5日のうわさ」では、実体のない情報でありながら香港や韓国市場の旅行者心理が揺らぎ、一時的に需要が落ち込む状況となった。
観光産業が外部要因に左右されやすいことは既に明らかであり、政府が訪日6000万人、日本人海外旅行の活性化を目指す中で、風評やリスクによる変動は必ず発生する。だからこそ、どのような原則・基準で対処するのか、事前に指針を示しておくことが必要だ。
観光は政治・外交の影響を強く受ける分野であるが、必要以上に委縮させないためには、官民双方が共通認識を持ち、迅速かつ正確な情報共有を行う体制を整えることが不可欠だ。
今回の日本・中国間の動きが観光分野にどの程度のインパクトを与えるのかについて、まずは冷静な分析が求められる。そのうえで観光需要を滞らせることのないよう、中長期的な視点に立った政策対応を期待したい。(嶺井)
