ウイングトラベル特集
【潮流】挑戦を育む基盤を
本紙では、新型コロナウイルスの感染が本格化した2020年4月以降に官報に公示された旅行業の廃業状況を定点観測している。「週刊ウイングトラベル」12月1日号では11月の動きについて紹介している。
11月の旅行業廃業は53社となり、前月から9社増加した。前年同月比でも19社の増加で、高い水準が続く。2020年4月以降の累計は3042社に達し、ついに3000社の大台を突破した。コロナ禍が旅行業にもたらした衝撃の深さを物語る。
確かに、新型コロナウイルスの猛威は終息へ向かい、世界の旅行需要は再び成長軌道を描き始めている。
国連世界観光機関(UNツーリズム)の「世界観光指標」によれば、2025年1~9月の国際観光客数は11億人を突破し、前年から5%増、2019年比でも3%増となった。観光支出の伸びでは日本が21%増と最も高く、観光立国としての潜在力が再び顕在化している。
ところが、国内の旅行業界では復調の数字とは裏腹に、廃業がなお高水準で推移する。1月こそ28社だったものの、2月以降は毎月40社以上が撤退した。7~10月は40社台だったが、11月は53社へと再び上昇した。
廃業の背景には複数の層がある。第一に、コロナ禍の長期化による需要蒸発の影響が大きい。特に開業30年以上の老舗事業者には、需要が戻る前に経営体力を消耗し、その後の回復局面でも踏ん張りきれず、店を畳むケースが散見される。「ゼロゼロ融資」の返済開始が経営を圧迫し、撤退を後押しした可能性も高い。
一方で注目すべきは、新規参入組の撤退の多さである。11月の53社のうち、2社は開業1年未満、合計14社が2020年以降の起業だった。全体の23%が、コロナ後の「復活相場」を見込んで参入しながら、短期間で事業を畳む結果となっている。
世界の観光需要は回復し、日本の観光支出も伸びている。それでも新規参入者の早期撤退が後を絶たない理由の一つは、旅行業が担うべき機能と周辺産業との関係性が激変している点にある。
旅行ニーズの多様化はコロナ禍を経て一段と進んだ。個人旅行の増加、趣味嗜好型旅行、サステナブルツーリズムなど需要が細分化し、従来の企画・手配型ビジネスだけでは顧客を掴みにくい。さらに旅行者の期待値上昇に加え、運輸・宿泊業の人手不足や物価上昇が重なり、収益確保は難しい。
こうした「構造的難しさ」を十分に把握しないまま参入した結果、早期撤退に至るケースが増えていると考えられる。
しかし問題は単なる「見誤り」に帰すべきではない。事業機会を見込み観光産業に参入しようとした意欲自体は、本来歓迎すべき流れだ。それを生かしきれず、短期間で市場から退出させてしまうことは、将来の産業基盤を細らせるリスクとなる。
ではどうすべきか。特に重視していきたいこととして筆者が考えるのは、新規参入者のビジョンや構想に耳を傾け、先達が共創的に関わる「対話の場」を増やす視点だ。
観光業界には自治体、観光協会、事業者、金融機関など多様なプレーヤーが存在するが、新規参入者がそれらの知見にアクセスし、実現可能性を多角的に検証できる場は十分とは言えない。
ビジネスマッチングは各所で行われているが、旅行業特有のリスクや収益構造を踏まえ、起業前に冷静な判断を促す「メンタリング」の仕組みはもっとあってよい。例えば地域の観光協会や旅行会社OBによる助言会議、自治体や商工会議所主導のスタートアップ向けプログラムなど、既存資源を活かした支援策は多く考えられる。
もちろん業界が新規参入者を過度に保護すべきではない。しかし産業の持続成長を考えるなら、意欲ある挑戦者が「参入しやすく、撤退しにくい」環境を整えることは重要だ。旅行業は人と地域の価値をつなぐ産業であり、新しい発想を持つ人材の流入は不可欠である。
観光先進国を目指すのであれば、「夢のある産業」としての魅力を保ちつつ、収益構造やリスク管理に関する知識を共有し、挑戦者を支えるエコシステムを育てていくべきだろう。
本紙としては、旅行業の廃業動向の定点観測を今後も続け、業界の変化と課題を読み解いていきたい。(嶺井)
