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2021.01.25

【潮流】岐路に立つ旅行業

 日通旅行とエヌ・ティー・エス(NTS)が3月末で営業終了、解散する。いよいよ来るべき時が来たと感じざるを得ない。新型コロナウイルス感染拡大の影響が遂にここまで来た。しかし、これは始まりに過ぎないのかもしれない。
 かつては「ルック」と言えばJTBと日通旅行だった。1969年の海外渡航自由化当時、海外ツアーの先駆けとなった「ルック」は、日本交通公社(現JTB)と日本通運(現日通旅行)が業務提携して生まれた。1968年から1989年まで両社による共同企画・仕入・販売が行われた。日通旅行は日本の海外旅行市場を牽引してきた老舗旅行会社の一つだ。
 両社が提携を解消してからは、JTBは「ルックJTB」、日通旅行は「ルックワールド」として、別々の道を歩む。当時、記事で「ルックJTB」を省略して「ルック」と書くと、日通旅行から正式名を書くように指摘された。
 観光庁が統計をとる主要旅行業者47社の中で、昨年12月にトラベル日本が解散した。そして3月末に日通旅行が廃業する。単年度に2社が主要旅行業者から消えるということは、これまであっただろうか。それほど、旅行業界にとっては危機的状況と言える
 地方の旅行会社でも地域の有力企業である旅行会社が存続の岐路に立たされている。静鉄グループの旅行会社として、長年にわたり地元に愛された静鉄観光サービスが3月末に営業を終了する。静岡県では中部地区を中心に知らない人はいないほどの有名企業だが、コロナ禍の中でその役目を終える。また、西部地区で同社と並ぶ遠鉄グループの遠鉄トラベルは昨年9月に親会社の遠州鉄道に吸収され、2月末で店舗を閉鎖する。
 旅行業界は1980年後半以降、航空会社の航空券直販化、コミッションカット、個人旅行化、インターネットの流通改革、OTAの台頭、個人旅行化の中で、厳しい経営を強いられてきた。中でも鉄道系の旅行会社、大手企業のインハウス旅行会社などは、親会社の経営環境と相まって、会社再編・縮小、事業譲渡などの選択を迫られてきた。
 それでも、不採算部門の合理化、店舗の縮小、人件費の削減などの構造改革で、なんとか乗り切ってきたが、コロナ禍が追い打ちを掛けた。追い打ちというような生ぬるいものではない。儲かっている会社でも、コロナ禍は天国から地獄へ叩き落とす。
 とにかく、一時は国内・海外・訪日旅行事業の全てが消滅し、「未曾有」という言葉をここで使わなくていつ使うのだと思うほどの苦しい環境だった。観光事業者は現預金、内部留保が尽きる時が脳裏をよぎったのはないか。
 それでも、政府はGo Toトラベル事業という救済措置を打ち出した。これによって、大手旅行会社を中心に国内旅行を手掛ける旅行業者は息を付くことができた。旅行各社の取扱実績を見ても国内旅行は急速に回復した。
 しかし、緊急事態宣言の再発出、Go Toトラベル事業の年末年始から2月7日までの全国一斉停止が決まり、さらにその先も見通しが全く立たない。
 旅行業は形態に関わらず、非常に厳しい時状況に追い込まれている。とくに、Go Toトラベルの恩恵もない海外旅行専業の旅行会社は、事務所移転をはじめとする経費削減に努めているが、雇用調整助成金の特例措置のさらなる延長、一時給付金の支給があっても、しのげるかどうかの瀬戸際に立たされている。
 コロナ禍による直撃を受けて旅行・宿泊・観光施設業、貸切バス事業などの観光業と飲食業、エンターテイメント業は存亡の危機にある。他の産業との格差、温度差は開くばかりだ。
 3月期決算が近づき、先の見通しがなければ、腹を括る事業者が出てきてもおかしくない。取引業者、消費者に迷惑を掛けないように廃業・解散、清算することは大変なことだ。会社を設立するよりも会社を清算することのほうがはるかに難しい。
 外出・会食の自粛が長引けば、観光業・飲食業・エンターテイメント産業の多くは息絶える。コロナ禍の中で、産業の窮状を訴え、感染拡大防止対策と経済社会活動の両立を図る手立てはないものか。(石原)