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2024.03.29

観光DXシンポジウム

 

 

観光DXで「稼げる地域」に
シンポジウム開催、具体的な事例紹介も

 

 日本能率協会は、先日東京で開催された「第52回国際ホテルレストランショー」で、「地域振興プロジェクト ~観光分野におけるDX推進」と題したシンポジウムを開催、具体的な事例を交えながら、地域振興における観光DX(デジタル・トランスフォーメーション)推進の必要性や重要性について伝えた。なかでも観光庁参事官(産業競争力強化)付専門官の秋本純一氏は、「人口減少の中で、国内外との交流を生み出す観光は地域創生の切り札となる。観光分野のDXを推進することで、旅行者の消費拡大と再来訪促進、観光産業の収益、生産性向上を図り、『稼げる地域』を創出したい」と述べ、観光DX推進の意義、目的を強調した。

 

 

第1部「観光DXの社会実装実例」

シンポジウム第1部の様子。
左から観光庁秋本氏、JTB大澤氏、下呂温泉観光協会瀧氏

 

観光庁の施策と下呂温泉の事例を紹介

 

 シンポジウムは4部構成で、第1部の「観光DXの社会実装実例」では、観光庁の秋本氏のほか、下呂温泉観光協会会長の瀧康洋氏、下呂市の観光DXプロジェクトに携わったJTBエリアソリューション事業部事業推進担当部長の大澤央樹氏が登壇、事例紹介として岐阜県下呂市の取り組みを紹介した。
 秋本氏は、まず観光庁で進めている観光DXの4つの施策について説明。(1)旅行者の利便性向上と周遊促進(情報発信や予約決裁機能、観光アプリなどの旅行者向けサービス開発と再来訪促進による消費額増加)、(2)観光産業の生産性向上(観光マーケティング、レベニューマネジメント支援)、(3)観光地経営の高度化(観光データベース構築とデータ流通)、そして(1)から(3)を支える(4)観光デジタル人材の育成、活用の4点で、「旅行者と観光産業、地域の方々でデータが還流する流れを作ることで結果的に儲かることにつながれば」と期待を見せた。

 

50年前より宿泊データを収集、観光庁の実証地域に

 

 下呂市の事例紹介では、下呂温泉観光協会の瀧氏とJTB大澤氏がこれまでの経緯やデータを活用したことで収益増につながった具体的な取り組みについて紹介。岐阜県の下呂市は、古くから温泉地として知られており、宿泊業や飲食サービス業が製造業に次ぐ重要な産業となっている。
 下呂温泉観光協会では、50年前より宿泊データを収集、2020年には観光庁の「観光地域づくり法人による宿泊施設等と連携したデータ収集・分析事業」において、ニセコプロモーションボードと福島市観光コンベンション協会、秩父地域おもてなし観光公社と共に実証地域に選ばれ、宿泊データ分析システムと観光地情報アプリの構築を進めてきた。
 下呂温泉観光協会の瀧氏は、「宿泊データに関しては、約80%の旅館が協力している。さらに今年度からは、市の協力を受け、小規模な旅館にも働きかけを行っており、現在はほぼ100%の宿泊施設のデータから分析が可能だ」と、現状について説明した。

 

宿泊データ活用で売上増、単価アップ
「早い回復」へ、情報提供や人材不足対策にも

 

 その宿泊データを活用した好例として、瀧氏が挙げたのが平日の稼働率を上げるための宿泊プラン造成。コロナ禍を経て、需要は回復傾向にあったものの、平日の団体需要とインバウンド需要の戻りが遅かったことから、年代別データよりシニア層に向けた宿泊プランを各旅館で立案。コロナ禍でニーズが高まった部屋食を組み入れ、高単価による単価アップを狙った。
 結果として個人客が増加、昨年5月の段階でコロナ前の9割を回復、昨年の個人客数は過去最高の86万人に達し、効果を上げた。瀧氏は「団体とインバウンドが戻らない中でDXを活用し、動いている客層に手を打ったことで早い回復につながった」と振り返る。
 また宿泊データを産業連関表と連動させることで経済波及効果を表示できるようになったほか、観光アプリによる情報提供やウェブサイトのデータ解析、GPSを活用した位置情報の把握、QRコードを使った飲食店の空き情報の提供など、さまざまな取り組みについて紹介。
 なかでもウェブサイトのデータ解析では、東京など遠方からのアクセス増を把握し、プロモーションに役立てたほか、QRコードでの飲食店の空き情報提供においては、旅館が人手不足で1泊2食の提供ができない場合でも適切な情報提供が可能となっただけでなく、フロントスタッフの業務減にもつながったという。

 

「下呂観光プラットフォーム」構築へ
観光DX推進には「地元の合意形成」が必要

 

 昨年9月からは、公益社団法人国際観光施設協会の協力を受け、より包括的な「下呂観光プラットフォーム」の構築を進めている。国際観光施設協会は、JTBや乗換案内サービスなどを展開するジョルダン、スケジュール型のソーシャルサービスを提供するジョルテなどが参画、観光DX実現へ向けたワンストップソリューション「Linked City」を展開している。
 同プラットフォームでは、宿泊データなど複数のデータと連携し、来訪者の属性や移動、予約、購買データを一元的に集積。来訪者の分析データを下呂市全体の観光戦略やマーケティングに活用することで、リピーター増加や地域消費額の向上、消費単価のアップを目指そうとする試み。瀧氏は「DXを活用することで生産性を上げることができ、儲かる仕組みを作ることができた。より進めていきたい」と意欲を見せる。
 下呂市での取り組みを通じ、JTB大澤氏は「下呂市との関わりで学んだのは、観光DXを推進するうえで大事なのは地域の合意形成。いろいろなデータをシステム構築するには時間がかかる。スピーディーにできたのは、地域の方の合意があったから。デジタルの裏には人の気持ちの交流がある」と述べ、観光DXを進める上での地域住民の理解が重要と強調。
 また下呂温泉観光協会の瀧氏も「データを活用した観光は派手に見えるが、実際は地道に地域を巻き込まないと結果は出ない」と述べ、地域合意の重要性を指摘。さらに「投資して丸投げしても結果が伴わない。あくまでも地域側が主体となって事業を展開していくことが大事」と語り、観光DXにおいて地域が主体となって進めることの大切さも示した。

 

提供だけでなくリテラシーが必要
観光庁、検証やサポート、データ仕様標準化も

 

 下呂温泉観光協会の事例を受け、観光DXの課題について、JTB大澤氏は昨年5月に実施した全国自治体及びDMOへのアンケート結果を紹介。DXが進まない理由として、コストやデータをうまく活用できない点が回答に挙がったことから、大澤氏は「ただデジタルソリューションを提供するだけでなく、何かしら一緒に伴走支援ができればと考えている」と述べ、観光DXに対するリテラシー(理解力や運用能力)が必要とのスタンスを見せた。
 また、観光庁の秋本氏は、観光DXに向けた今後の施策として、(1)観光DXのモデル事例公募とその紹介(2)観光DXを検討しているDMOに対する検証モデル事業(3)観光DXの戦略策定と周知啓蒙(4)データ仕様の標準化の4点を提示。「データを出すことは恥ずかしいことではなく、データを出すことでお互いの実態を知り、どういう戦略を打つかにつながる」と述べ、データ活用の必要性について訴えた。

 

 

第2部「農泊DXで新たな観光消費を生む」

シンポジウム第2部の様子。左から農林水産省都築氏、美瑛町高島氏、
ファームズ千代田アバラゼデ氏、びえい農泊DX推進協議会事務局長石川氏

 

農泊DX、美瑛町のプロジェクトを紹介

 

 シンポジウムは、他にも農泊DX、人材DX、さらに来年に開催を控えた大阪・関西万博やIR(統合型リゾート)に絡めた展開についても議論を行った。このうち第2部の「農泊DXで新たな観光消費を生む」では、農林水産省農村振興局農村政策部都市農村交流課農泊推進室課長補佐の都築孝彦氏が同省で進める農泊について説明。また農泊DXのテストケースとして北海道美瑛町のプロジェクトを紹介、北海道美瑛町商工観光交流課の高島和浩氏、ファームズ千代田代表取締役社長のアブガンドロージン・アバラゼデ氏、びえい農泊DX推進協議会事務局長(株式会社FOODFIELD CREATIVE代表取締役社長)の石川史子氏がそれぞれ現状を伝えた。
 まず農泊について、農林水産省の都築氏は「農家の家に泊まることではなく、農山漁村に宿泊をして、地域資源を活用した食事や体験を楽しむ農山漁村滞在型旅行」と定義。メインは第一次産業の支援や地域資源を活用した誘客が目的で、観光振興にもつながる取り組みだ。
 現在、日本全国に農泊地域は621あり、昨年6月には「農泊推進事業計画」を公表。2025年度に農泊地域での延べ宿泊者数を700万人、うちインバウンドの割合を10%にする目標を立てている。
 農泊の課題として、都築氏は宿泊単価のアップなど、高付加価値化を挙げ、そのための交付金制度(農山漁村振興交付金)を紹介。観光コンテンツの作成や情報発信といったソフト面や施設整備などのハード面の両面でのサポートを行う。
 一方、美瑛町の高島氏からは、同町の観光の現状についての説明があった。北海道らしい広大な田園風景が続く美しい丘の風景や自然景観が人気の観光地で、年間200万人の観光客が訪れる。現在、通過型観光が課題となっており、「宿泊を通じた魅力の向上、滞在時間の延長が必要」(高島氏)という。

 

農泊DXで持続可能なビジネスモデル構築へ
雇用促進や農業への理解深まる効果にも期待

 

 同町で農泊DXの構築を目指す、びえい農泊DX推進協議会の石川氏は、「サステナブル・ツーリズムやアグリツーリズム、ワーケーション、インバウンド対応など、一丸となって魅力的で持続可能なビジネスモデルを作り、幸せな暮らしを実現させる」とその目的について紹介。現在は予約手配システムの構築や、スマートフォンで宿泊施設のチェックインやチェックアウトができるリモートロックの導入などを進めている。
 他にも「農業の妨げにならず、農業を大切に思ってもらえるような旅マエ教育」や、人材不足の解決策として関係人口づくりによる移住の促進、スマートフォン上での仕事を可能にしていくことで、女性や高齢者の雇用につなげるといった取り組みも進める考えを示した。
 ファームズ千代田は、美瑛町で牧場を運営、牛を3000頭飼育している。ふれあい牧場やキャンプ場、飼育している「びえい和牛」やしぼりたての牛乳が味わえるレストランなど併設。現在、宿泊施設の整備も進めている。
 ファームズ千代田のアバラゼデ氏は「農泊DXはお客さんと農場がつながる良い事業だと感じている。事業を通じて、牧場に多くの人が訪れ、畜産や酪農への理解が深まり、応援する動きになることを期待している」と述べ、農泊DXへの期待を見せた。

 

 

 

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