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2021.11.03

WING

第140回「日本が危ない」今こそ危機管理体制の見直しを

新政権後に放たれたミサイル
日本の危機管理が浮き彫りに

 

 首相、岸田文雄にとっては政権発足早々、危機管理対処力が問われる場面だった。衆院選公示日の10月19日に北朝鮮が日本海に向けてミサイルを発射したのだった。被害もなかったためそれほど問題視されていないが、浮き彫りになったのは危機管理における司令塔のあり方である。
 公示前、岸田に対して安倍晋三政権の元高官から「ミサイル発射対応の準備をしておいたほうがいい。連中は新政権を試そうとして必ず撃ってくる」とのアドバイスが寄せられていた。というのも、北朝鮮はこれまでも日本の政治日程に合わせるかのようにミサイル発射を繰り返してきたからだった。
 2016年は今回と同じ参院選の公示日に発射した。翌17年は9月15日に発射。安倍は同28日に「国難突破」を争点に衆院を解散した。今年も北朝鮮は自民党総裁選の告示日の2日前に弾道ミサイルを発射した。
 19日午前10時23分、海上保安庁は「北朝鮮から弾道ミサイルの可能性があるものが発射されました」とのミサイル発射情報を発出した。この時、岸田と官房長官松野博一は共に官邸を不在にしていた。選挙遊説のため岸田は福島、松野は地元千葉にいたのだ。歴代内閣では危機管理に備えるため、首相、あるいは官房長官のどちらかは東京にいることが慣例となっていた。ただ、安倍政権でも選挙中は副長官が留守番役となり、安倍と官房長官だった菅義偉が東京を離れていたことはあり、野党から批判された。それでも安倍、菅共に危機管理への対応に慣れていたため問題はなかった。岸田と松野の場合、政権発足後ということもあり、たとえ選挙中であっても忠告に従って少なくとも松野は官邸にいるべきだった。松野は隣の千葉県選出ということもあり何かあればすぐに戻って来られるという油断があったのだろう。

 

批判を集めた首相の対応
元政府関係者からダメ出しも

 

 政府関係者によると、ミサイル発射が確認された段階で、直ちに首相指示を発す手はずを取り決めていた。今回首相指示が出たのは19日午前10時24分。すでに福島市内での岸田の演説は始まっており、首相秘書官は事務の官房副長官栗生俊一らと相談し、首相指示を出してから、演説が終わった後に岸田に報告した。岸田は記者団に報告を受けたのは「10時半前後だったと記憶している」と語った。

 

北朝鮮のミサイル射程(防衛白書より)

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