記事検索はこちらで→
2026.02.25

ウイングトラベル特集

【潮流】減速憂うより体験価値の積み上げを

 2月18日、日本政府観光局(JNTO)は1月の訪日外客数が前年比4.9%減の359万7500人だったと発表した。中国からの訪問客が大幅に減少したことに加え、コロナ禍前を上回る勢いで伸びてきた市場の流れがいったん下向きに転じたように見えたことで、関係者に一定のインパクトを与えた。
 そのような中で、村田茂樹観光庁長官は同日の定例会見で、1月として20の国・地域で過去最高を記録したことや、欧米豪や中東などロングホール市場のシェアが上がっている点を挙げ、訪日市場全般の動きは底堅いと強調した。
 一方、会見では一部メディアから、中国政府による訪日旅行自粛の呼びかけ以降、減少傾向が続いていることへの評価や、落ち込み分を補うための支援策の可能性を問う声が上がった。これに対し村田長官は「単月で一喜一憂せず、もう少し長いスパンで動向を見たい」と述べ、「支援策は現時点で検討しておらず、足元で進めているプロモーションを引き続き進める」と語った。
 確かに中国は、これまで訪日インバウンドを人数と消費の両面で支えてきた最大級の市場であり、政治的要因で需要が冷え込んだ局面もあった。そうした経験則から、今回も深刻化を懸念し、特段の支援策がなければ市場全体が冷え込むという見立てが示されたのだろう。
 だが、足元の訪日市場は、中国の変動だけで屋台骨が崩れるほど脆弱ではない。実際、全体の落ち込みが4.9%減にとどまったことは、需要の裾野が広がり、市場の構造が以前より分散してきたことを示唆している。
 そもそも、特定市場だけに照準を合わせた政策を打ち出しても、短期的に風向きを変えられる性格の課題ではない。訪日需要の増減には、外交環境や現地世論、航空座席の供給、旅行商品造成の動きなど、政策の射程外にある要因が複層的に絡む。だからこそ、需要の変動そのものに過度に反応するより、「この状況でも日本を選ぶ旅行者」に寄り添い、満足度を高める取り組みへ重心を移すべきだ。
 2030年に訪日客6000万人、消費額15兆円という高みを目指すうえでも、重要なのは落ち込み分を嘆くことではなく、来訪した旅行者が「また来たい」と思える体験を積み上げ、次の需要を呼び込む循環を作ることにある。旅行者の印象を左右する要素は多いが、体験価値を押し上げる現場の要が「案内」の質である。
 1月の統計発表と時を同じくして、観光庁は全国通訳案内士の存在をより広く周知するため、新たなデザインマークを創設したと発表した。村田長官は「旅行者の関心が多様化するなか、国家資格を持つ全国通訳案内士の質の向上と認知向上を一体で進め、活躍の場を増やしたい」と述べ、デザインマークを起点に存在感を高める姿勢を示した。
 また、JNTOは全国約1500カ所のJNTO認定外国人案内所を対象に全国研修会を開催し、案内業務の優良事例を共有した。
 そこでは「地域の日常」に焦点を当てた案内の工夫や、対応時間の効率化につながる運用改善、多様なバックボーンを持つ旅行者が心から楽しめる環境づくりといった取り組みが紹介された。
 中でも印象的だったのは、観光案内所で働く人がワクワクできる環境を整え、活き活きと働く姿を見せることが、来訪者の体験価値そのものを高める、という示唆である。情報技術や生成AIの進展により、街歩きに必要な情報は容易に手に入る時代になった。それでも、旅先での人との触れ合いは思い出の濃度を上げる。案内に携わる人が前向きな表情で接し、心地よい“余白”を提供できれば、不快な印象が残ることは少ない。
 そのためには、案内に従事する人の地位向上や待遇改善を、単なる労務課題としてではなく、観光の競争力を底上げする投資として位置付け直す必要がある。現場の担い手が誇りを持って働ける環境が整えば、旅行者満足は高まり、その経験が口コミや再訪につながり、新たな旅行者を生み出す好循環が回り始める。特定市場の変動に憂うのではなく、体験価値を着実に積み上げる。そうした足腰の強い施策こそが、安定的な旅行需要の創出につながるはずだ。(嶺井)