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2025.11.12

WING

第236回「日本が危ない」激化する脅威に情報機能強化急げ

悲願の情報収集・分析強化
なるか新政権の有言実行

 

 就任早々、首相、高市早苗がインテリジェンス(諜報)の強化に向けて動きだした。官房長官、木原稔に対し、司令塔となる「国家情報局」の創設に向けて検討するよう指示したのだ。高市はインテリジェンス機能の強化が持論であり、日本維新の会との連立合意書でも内閣情報調査室(内調)の「国家情報局」への格上げや、「対外情報庁」の創設を盛り込んでおり、「有言実行」となるか注目される。
 インテリジェンス機能の強化は連合国軍総司令部(GHQ)によって旧日本軍や特高警察などの情報機関が解体された影響もあり遅れてきたが、歴代自民党政権は少しずつ体制立て直しに向けて取り組んできた。
 内調は1952(昭和27)年4月、第3次吉田茂内閣の下で総理府に設置された「内閣総理大臣官房調査室」を発祥とする。その後、内閣官房に移された。第2次中曽根康弘内閣の「臨時行政改革推進会議」(第1次行革審)は「緊急事態の対処体制の確立」のため、国内外の情報収集・分析体制を強化するために、内閣調査室を内閣情報調査室に改組し、情報の総合的な把握のために合同情報会議を定期的に開催することを提言した。
 この答申に基づき、1986(昭和61)年7月に安全保障会議の設置とともに、内閣官房の組織再編が行われ、現在の「内閣官房内閣情報調査室」が設置され、合同情報会議も設置された。
 中曽根の下で、首相に対する内調室長(現在は内閣情報官)による定期ブリーフィング(状況報告)、いわゆる「総理報告」が開始された。与野党の動向など国内情勢については詳しく報告されたが、海外情勢については不十分だった。

 

重要性増した同時多発テロ
親中派意向で検討先送り

 

 自民党の中でインテリジェンス機能強化に取り組んだのは元衆院議長の故町村信孝だった。町村は生前、2015(平成27)年3月の産経新聞のインタビューに対し、対外情報機関の必要性を強く意識したのは、2001年9月に起きた米中枢同時多発テロだったと明かした。

 

※画像=10月24日にインテリジェンス強化へ取り組むことを明らかにした(提供:首相官邸)

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